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Traveler Hide.com

旅を中心に、考えたこと、思ったことをつづっていくTraveler Hideのブログです。

タイ語の声調に要注意!間違えれば女子大生の蹴りが待っている?

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想像してみて下さい。

 

あなたは初めてバンコクに旅行に来た男性。サヤーム(サイアム←これ、表記どっちかに統一した方がいいのでは?)近くのホテルに泊まった翌日、チャトチャック(จตุจักร)のウィークエンドマーケットに向かうべくBTSのサヤーム駅に着いた。さて切符を買いたいが切符売場が見つからない(こんなことないです。すぐに分かります。あくまでも想像です)。

 

切符売場の場所を聞きたい。もちろんタイ語でだ。タイ語は勉強してきた。ここで使わないでどうする?タイ語でどう聞けばいいのかも分かっている。「ティー・カーイ・トゥア・ユー・ティーナイ」だ。この後に「クラップ(女性の場合はカッ)」を付け足せばいい。日本語で「切符売場はどこですか?」という疑問文だ。完璧ではないか。

 

あっ、若い女性がいる。チュラロンコーンの女子大生だろうか?どうせなら若い女性に聞きたいものだ。そして、そのチュラロンコーンの女子大生に、ちょっと緊張気味にタイ語で話しかけた。

 

その男性の運命やいかに…。

 

声調を絶対に間違えられない時もある

「ティー・カーイ・トゥア・ユー・ティーナイ」とカタカナで書かれたタイ語を見せられ、「これどういう意味?」と聞かれても「分からない」としか言いようがない。「ユー・ティーナイ(อย่ที่ไหน)」はいいだろう。よく使われる表現だ。「~は、どこですか?」という場所を聞いている表現だというのは容易に想像できる。しかし「ティー・カーイ・トゥア」についてはどう答えたらいいのか分からない。いろいろと想像して可能性のある答えは示せるが、どれが正解かは確信が持てない。タイ語がカタカナで書いてある場合、ほとんどがこのような感じになる。

 

先の男性がチュラロンコーンの女子大生に聞こうとしていた「切符売場」の場合、タイ語では「ที่ขายตั๋ว」と表記される。ที่(ティー)が「場所」、ขาย(カーイ)は「売る」、ตั๋ว(トゥア)は「切符」で、「切符売場」を意味することになる。

 

ตั๋ว(トゥア)は下がってから上がるように読む。その男性が正しい読み方で切符売場の場所を聞いたのであれば、聞かれた女性も普通に教えてくれることであろう。しかし、その男性が「トゥア」の語を平坦に読んでしまった場合は大変である。この場合のタイ語表記は「ที่ขายตัว」となる。表記上は「ตั」の上に小さな「+」があるかないかだけだが意味が大きく異なる。

 

ตัว」は「体」という意味である。つまり「ที่ขายตัว」は、文字通り「体を売る場所」ということになる。これがどのような場所かはお分かりであろう。決して公共の場所で使用すべき言葉ではない。勘違いしてもらっては困るので、別に奴隷市場の意味ではないことだけは書いておこう。

 

これがタイ語の声調の怖さである。タイ語に限らず、声調のあるその他の言語にも当てはまるであろう。そして、この例のように絶対に声調を間違ってはいけない時もあるのだ。

 

タイ語をカタカナで表記するのは意味がない

「ティー・カーイ・トゥア・ユー・ティーナイ」とカタカナで表記する分には同じであるが、先の男性が

 

ที่ขายตั๋วอย่ที่ไหน」と読むべきところを「ที่ขายตัวอย่ที่ไหน

 

と読んでしまったらどうであろうか。馬鹿にされたと思われ、蹴りを食らってもしょうがないかもしれない。このやり取りを日本語で考えれば、想像が付くであろう。もっとも、制服姿のチュラロンコーンの女子大生ではスカートがきつく、大した蹴りはできないかもしれないが。これを読んでいる皆さんも「切符売場」を見たら、「タイ語では声調が大切なんだ!」と思いだしてほしい。

 

更に「คนขายตั๋ว(コン・カーイ・トゥア;切符を売る人)」という言葉には、より一層の注意が必要だ。「คนขายตัว」などと絶対に人前で言ってはならない。

 

普通のタイ人は正しいタイ語を類推してくれない

もしあなたが外国人から読み方の間違った日本語で話しかけられても、頭を回転させ、その外国人が何を言いたいのかを類推するかもしれない。有名なのは満員電車で外国人が「殺して下さい」と叫ぶやつだ。普通の日本人なら「ああ、降ろして下さいって言ってるんだな」と類推するのではないだろうか。この場合は、母音が同じで子音が違うという比較的簡単な類推で済む。

 

これと同様に声調を多少間違っても、タイ人は正しいタイ語を類推して理解してくれるだろうと思うかもしれない。しかしタイ人にとって声調の違いは類推できる範疇ではないのである。つまり、タイ人にとっては、ある単語の発音を聞いて、同じ発音だが声調が異なる単語を類推できない場合が多いのだ。

 

相手が声調を間違った場合に正しいタイ語を類推できるタイ人は、外国人にタイ語を教えているなど、よほど外国人の間違ったタイ語に接し、間違いのパターンに慣れた人に限るのである。