読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Traveler Hide.com

旅を中心に、考えたこと、思ったことをつづっていくTraveler Hideのブログです。

タイ語と日本語。やっかいな異言語間における概念の違い

f:id:traveler-hide:20151009180242j:plain

タイ語の勉強を進めていくうちに、タイ語と日本語の間の言語に対する概念の違いに悩む時があるかもしれない。言語間の概念の違いと、それにどう対処すべきかを紹介したい。

 

異言語間の概念の違い

タイ語に限らず外国語を勉強する時に感じる大きな壁が言葉の裏側にある概念だ。異なる言語間では、同じ意味を表す語でも少なからず概念が異なるものである。

 

初歩のうちはまだいい。言語のレベルが低いからである。言語のレベルが低いというのは、「犬」といえば犬そのものを指し、「猫」といえば猫そのものを指すからである。ちょっと意味合いが違うが、例えていうなら、「犬というのは、あのような動物である」とか「猫というのは、このような動物である」と、犬や猫の姿を思い浮かべることができればいいのである。

 

もう一段階上になると「犬というのはイヌ科に属する哺乳類で、四足歩行をする動物である…」などとなる。猫の場合も同様である。まあ、これは言語を学ぶという観点からするとそれ程重要でないかもしれない。

 

もっと難しいのが「犬」や「猫」という言葉の裏側にある文化的、あるいは歴史的に培われてきた概念である。「犬」や「猫」などを表す語でも、日本語とタイ語では、その語に含まれている意味が全く同一であるとは限らないということである。いや、同一ではない可能性を常に念頭に置いておかなければならないと思うわけである。

 

イメージとしては、こんな感じだ。

 

 

タイ語と日本語の間の概念の違いを示した図

 

 

「犬」や「猫」などの簡単な語であれば重なる部分は大きいであろうが、動きを表す語や感情を表す語、あるいは抽象的な語となると概念が乖離するケースも多いのではないかと思う。つまり、上の2つの円が重なる部分が少ないということである。

 

この概念の違いというのは、文化の違いや風土の違い、あるいは様々な「モノ」に対する人間の関わり方の違いなど、いろいろな理由が考えられる。感情の起伏の激しい国民性の国では、「怒る」とか「喜ぶ」を表す語が豊富ということもあり得る。

 

実際、エスキモー(現在、カナダでは「エスキモー」は差別用語となっており、「イヌイット」という言葉を使用する)では「雪」や「氷」を表現する語がいくつもあると聞いたことがある。

 

タイ語の「孫」についての考察

異言語間の概念の違いについて、タイ語と日本語で異なるという1つの例を示したいと思う。

 

タイ語に「หลาน(ラーン)」という語がある。辞書で調べれば「①孫、②甥姪」とある。もしかしたら教材によっては「孫」の意味しか載せてないものもあるかもしれないが、厳密には2つ、いや日本語と比較した場合は

の3つあることになる。

 

それでは「หลาน」という語を日本語に訳す場合、無条件に辞書の第1の意味である「孫」としていいものだろうか?これは間違いだ。「หลาน」は孫、あるいは甥や姪を指す語なのである。このような意味を表す日本語は、私には思いつかない。

 

この「หลาน」という語は一見似た様な語が日本語にあるが、完全に一致する日本語はない。つまり、タイ語の「หลาน」と、それに比較的近い日本語の「孫」、「甥」、「姪」の概念は相当異なることとなる。

 

「孫」を「หลาน」と訳すのはOKだ。しかし、「หลาน」を「孫」と訳すのは、必ずしも正しいとは限らないのである。正しい日本語に訳すためには該当する人物が「孫」なのか「甥」なのか、はたまた「姪」なのか、人間関係を把握する必要がある。もし前後の文章や会話から人間関係を把握できなければ、「หลาน」とは「หลาน」という存在なんだ、と思うしかないわけである。

 

まとめ

最初にも書いたが、これは別にタイ語を学ぶ時だけの問題ではない。他の外国語を勉強する時も、必ずでてくる問題である。

 

このような時は頭がすっきりしないものである。あまり思い悩まず、素直に概念の違いを受け入れ、外国語の勉強を進めていくしかない。